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32年ぶりの再会

「第2回 近畿ブロック社会福祉セミナー」のこぼれ話です。

家人にも話していないぐらいですから、ほとんど誰もが知らないと思いますが、大学時代にはオーケストラ部でコントラバスを弾いていました。
わがオーケストラ部の自慢は女性メンバーがいずれも美人であることだったのですが、とりわけ1年先輩でヴィオラのOさんは、男性部員全員の憧れの的でした。

そのOさんに、実に32年ぶりにお出会いしたのです。
相変わらず美しく、ご挨拶も忘れて、見とれるほどでした。

Oさんは現在K大学で教員をされています。
K大学の心理学科には私が大学教員になるきっかけを作ってくださったMさんをはじめ何人かの知り合いがいるのですが、うかつにも、Oさんが福祉科におられることは全く知らなかったので、とてもびっくりしました。

ただ、よく考えれば彼女は社会学部の出身ですから、福祉系の教員をされていても何ら不思議はないのです。
むしろ、私が心理系の教員でないほうがおかしいのかもしれません。

彼女のご主人も同じオーケストラのクラリネット奏者で、実は私が福祉に関わる最初の経験、児童養護施設でのボランティアを一緒にした間柄です。
(結婚されてご主人の姓に変わったことにも、この時までピンと来ませんでした。本当にうかつです。)

しばし旧交を温めた後、Oさんのリクエストで携帯でツーショット。
帰ってご主人に見せるためとのこと。

学生時代の私は、チビで、今からでは想像もできないぐらいガリガリでしたから「セミ」と呼ばれておりましたので、ご主人は何とおっしゃったのやら。。。

ぜひ今度はご夫妻一緒にお出会いしたいと思っております。

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注射が痛いお医者さんはヤブ医者?

大阪の某大学で開催された「第2回 近畿ブロック社会福祉セミナー」に参加してきました。

来年、勤務校が第3回のセミナーをお引き受けするので、その視察が半分、勉強が半分といった気持ちで参加したのですが、フォーラムの報告者のお一人であった、神戸市にある救護施設「ヨハネ寮」の前嶋弘さんのひと言です。

お医者さんの注射が痛いことは治療の本質ではありません。
的確な診断を基に適切な治療を行うことが本質です。

しかし、患者は治療の本質もさることながら手続きが上手な医者を名医と評価します。

これは、福祉サービスにも当てはまると前嶋さんはおっしゃるのです。
アセスメントは正しくても利用者が納得する手続きができなければダメだと言うことでしょうか。

なかなか含蓄のあることばです。

実は私の大学の学生も前嶋さんの施設で実習をさせていただいており、指導が厳しい方と聞いておりましたが、納得です。

これからは気骨のある学生を送り込み、鍛えていただきたいと思います。


買った本:「家庭と地域でできる自閉症とアスペルガー症候群の子どもへの視覚的支援」

先だっての門さんの講演で紹介されていた本です。

視覚的支援について簡潔、かつわかりやすく解説してあります。

巻末の「付録B:絵カード作りに役立つホームページ」は、本当に役立ちます。

家庭と地域でできる自閉症とアスペルガー症候群の子どもへの視覚的支援 家庭と地域でできる自閉症とアスペルガー症候群の子どもへの視覚的支援
ジェニファー・L. サブナー、ブレンダ・スミス マイルズ 他 (2006/10)
明石書店
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第四の発達障害

風邪で寝込んでおり、書き込みが滞っておりました。

さて、杉山登志郎さん(あいち小児保健医療総合センター心療科部長兼保健センター長)による「実践障害児教育」(学研)の連載、「子ども虐待という第四の発達障害」が3月号で終了しました。

私はまだ「第三の発達障害」であたふたしておりますが、現在携わっている発達相談の事例の中にも、もしかしたらと思われる事例が数例あり、しっかり勉強しなくてはと感じております。

ただ、当地には、論文に出てくる「虐待ネットワーク」を形成できるほどの社会資源も心療系で入院できる病棟がある病院もありません。

途方にくれるばかりです。

なお、この連載はまもなく「学研」より再編集されて出版される予定です。

実践障害児教育 2007年 03月号 [雑誌] 実践障害児教育 2007年 03月号 [雑誌]
(2007/02/16)
学習研究社

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「新版K式発達検査2001」勉強会の最終回

今日は以前にも書き込みした「新版K式発達検査2001」の勉強会の最終回でした。

今回は利用者のA子ちゃんに検査を受けてもらい、その様子をビデオで撮影し、あとで保育士さんとそれを見ながら、結果の解釈と療育プランの立案までを勉強していただきました(もちろんA子ちゃんの親御さんの了解を取ってのことです)。

一般の勉強会では、全く知らない事例を使っての学習になり、どうしても検査対象者の現実と検査結果の間の意味のある「ずれ」を実感してもらいにくいのですが、今日は参加者が全員A子ちゃんを知っているわけで、A子ちゃんの発達段階の説明を聞いている態度が違いました。

勉強会の最後に、何人かの保育士さんから今後もケース検討会をしてほしいとの希望が出、充実した勉強会となりました。

こういうスタイルの勉強会を広げたいと思います。



ことばがあればエラいってわけじゃない

「写真を指差した方がよっぽど用は足せる。ことばがあればエラいってわけじゃない。用が足せることの方が大事ではないか。」 

ニキ・リンコさんの「自閉っ子、こういう風にできてます!」(花風社)に出てくるフレーズを門眞一郎さんが紹介されました。

そのとき門さんがおっしゃったコメントが、

「学校の先生は肝に銘じてください。」

そのとおり!

自閉っ子、こういう風にできてます! 自閉っ子、こういう風にできてます!
ニキリンコ、藤家 寛子 他 (2004/11)
花風社

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研修会講師

I市にある知的障害者施設からお招きいただき、家族の方むけの研修会の講師に行ってきました。

講演のテーマは「障害者自立支援法時代における施設と家族の役割-知的障害をもつ人たちの豊かな生活のために-」。

最初のリクエストは「障害者自立支援法」についてだったのですが、あまり詳しくないし、同法の運用についてはまだまだ紆余曲折がありそうなので、一度はお断りしたのですが、「施設と家族の役割」となると、多少はお話できるかなと思ってお引き受けしました。

その中で、「一般市民を巻き込む」の章で、中島隆信さんには遠く及びませんが、同じような話をさせていただきました。

どの程度伝わったか、満足していただけたか。甚だ心許ない限りです。

障害者の暮らしぶりでわかる「地域力」

これも中島隆信さんの「障害者の経済学」からの引用です。

「結局、地域が障害者と共生できているかどうかは、そこに施設があるかどうかではなく、障害者がどのくらい町に出ているかどうかでわかるのである。
-中略-
障害者を普通に町で見かけるような場所こそが強い地域力を持ったところなのである。」

兵庫県の西宮市に「青葉園」という重症心身障害者施設がありますが、そこで数日間実習をさせていただいたことがあります。

そのときまさにこのことを体験しました。

彼らは頻繁に町に出かけ、電車を利用したり、ショッピングモールで買い物をします。
駅員さんやお店の人が、ごくごく自然に手助けしてくれます。

彼らが町を変えてきた。そんな印象を強く受けたことを思い出します。

PECS

ずっと前から一度聞きたい聞きたいと思っていた京都市児童福祉センターの門眞一郎さんの講演を、やっと聞いてきました。
「自閉症の子どもクラスルーム・研究科」の月例会です。

今日のテーマは「自閉症スペクトラムの人へのコミュニケーション支援」。
期待通り、わかりやすく示唆に富んだすばらしい内容でした。

前半は「自閉症スペクトラム」の基本と「視覚的構造化」について、後半が「PECS(Picture Exchange Communication System)」のお話でした。

「PECS」、使えます。
ワークショップに参加しなくてはなりません。

大人気ない・・・

福岡さんの話の中に地域での「ケア会議」が重要であるとの話があり、講演が終わり、地元育成会の会長から、当地のケア会議はどうかとの質問が私あてにありました。

予想していなかったこともあって、思わず「当地では嫌われておりまして、どのような状態かを知る立場にありません。」と言ってしまいました。

うそではないのですが、大人気ない回答だったと反省するすることしきりです。

ただ、この会長さんは、次郎おじさんの忠告は一向に聞き入れてくださらないのに、こういうときだけ「先生」とおっしゃいます。

どう対応すればいいのでしょうね。

「電話一本で集まれる地域」

福岡寿さんの今回の講演のテーマは「地域で暮らすには!?」。

福岡さんの小学生時代のエピソードから始まり、時代の流れにどう乗りながら長野に新しいサービスを整えてこられたかを、巧みなたとえを織り交ぜながら、お話されました。

で、今回の講演のまとめが「電話一本で集まれる地域」になっているかどうかということでした。

こういう地域が「よい地域」で、こういった地域にするためには、「固有名詞」のケア会議があり、関係者に「他人事」にさせないことなどが重要であるとのこと。

これからの知的障害者福祉は「相談支援体制」がポイントで、障害者自立支援法に規定された「自立支援協議会」がきちんと機能することだと思われますが、さてどうなることやら・・・

ひとり、ふたりは「わがまま」だが、100人になると「ニーズ」

長野県北信圏域障害者生活支援センターの福岡寿さんが、当地の育成会の講演会にこられたので、聞きに行ってきました。

福岡さんの実践は皆さんよくご存知だと思いますが、実践だけでなく講演活動も精力的で、かつわかりやすい内容で、勉強になります。

今回も、いくつかの「名言」をご紹介します。

タイトルのフレーズは、新しい福祉サービスができあがるときの最初のきっかけを説明されたことばです。

「ゆうてもた」では済まんこと

やっぱりブログも難しいです。

「これが言いたい!」と一気に投稿するのはいいのですが、やっぱりキーがすべるというか、言い過ぎが出てしまいます。
夜中、布団の中で、ふと気になって、あわてて起き出し、パソコンを起動して、書き直すこともしばしばです。

そういうわけで、ところどころ内容が変更されたり、削除されることがありますが、ご理解ください。

届いた雑誌:「発達教育」2007年2月号

発達協会」が発刊されている雑誌です。
失礼ながら、とってもマイナーな雑誌かもしれません。
しかし、昔から一貫した指導方針を持っていて、それがまた的を得ているので、次郎おじさんは大好きです。

発達障害をもつ子の親御さんたちに是非読んでほしい雑誌です。
もちろん、発達障害に関わっている人たちにも読んでほしい雑誌です。

この雑誌にシリーズで掲載されたものが、本になっているものもあります。

今月号の特集は、「器用な子ども・不器用な子ども 手の発達とその働き」です。

「発達教育」
発行:発達協会
価格:350円(送料共)(月刊)


雇用支援

障害者自立支援法のもうひとつの柱は、就労支援、究極は雇用支援です。

われわれは、企業サイドの能力をもっと信用すべきです。
というより、われわれの発想だけでは障害のある人の雇用はなかなか進まないと思います。

福祉業界のみなさん、企業の力をもっと拝借いたしましょう。

障害

「障害」というのは、出ないと「障害」とは言わないけど、出て初めて「障害」になる。

藤家寛子さんかニキ・リンコさんのコメント。


診断

 「診断」とは「取り扱い方がわかること」。

 藤家寛子さんのコメントから。

 「自閉っ子は、早期診断がお好き」を早く読まなくちゃ。

「みんな一緒」と「みんな違う」

福岡寿さんが披露された施設職員の常套句、いやテクニック(?)。

ある日、
「先生、なんで○くんだけ○○してもええん?」「みんな、違うやろ」

別の日、
「先生、なんでぼくは○○したら、わがままやゆうてしかられるん?」「みんな、一緒にせなあかんやろ」

むむ、確かにそんなテクニックを使ってたかな?

「学校のいんちきメッセージ」

花風社の浅見淳子さんのコメントから。

まじめな自閉っ子にとっては、学校の先生のメッセージは「うそ」ばっかりになる可能性があるということ。

「みんな、仲良くしましょう」というメッセージは、決してクラス全員と仲良くできないとダメだという意味ではなく、定型発達の子どもたちは、そのことを自然と理解するのですが、自閉っ子にとっては「仲良くできない友だちがいてもいいんだ」というようには理解できないんです。

この他にも、自閉っ子には不親切な日本の教育現場の問題点をズバズバ指摘され、一度講演を聞きたくなりました。

「大人の自閉」

 藤家寛子さんがニキ・リンコさんを評したことば。

 「大人になった自閉症」という意味ではなくて、定型発達の世界に適応できる自閉症のこと。

「シャネルはレッテルにはならない」

ニキ・リンコさんのことば。

「発達障害」のレッテルを貼ることを一般には嫌がることとに対してのコメント。

「異常学級」

どなたがおっしゃったのか忘れましたが、「普通学級」のアンチテーゼです。

「特別な支援が必要な個性」

某大学の先生が「発達障害」の説明に使われたとある方が紹介されました。

「発達障害」コースでなかったので、直接その先生の話を聞いていませんから、間違っているかもしれませんが、私はこの説明には賛成できません。

特別な支援が必要な個性って、個性なんでしょうか。

私は「特別な支援が必要」だからこそ「障害」だと思います。

もちろん、当事者(とその家族)には、すんなりと受け入れられることではないと思いますが、「個性」とごまかすというか、安易に理解を求めるのは問題だと思います。

さらに、その方は、「発達障害はゆっくり発達するだけで、他の子どもと一緒」とおっしゃいましたが、これも賛成できません。

多くの子どもは5歳を超えると一桁の足し算ができるようになりますが、発達年齢が5歳に達しない重度の知的発達障害者の多くは、いくら年を重ねてもなかなかできるようにはなりません。

もしできるようになるのであれば、養護学校に12年も通った子どもたちはもっと計算ができるようになってもおかしくないと思います。

仮に、百歩譲って、60年かければ(60年かけて訓練して)一桁の足し算ができるとして、それが豊かな生活を送るためにどれだけ役立つでしょう。

そんなことに時間を費やすなら、足し算は、できる人に手伝ってもらって、その訓練に費やす時間をもっと楽しいことに使ったほうがいいと思います。

「鉄のトライアングル」

同じく「西駒郷」の解体にあたり、最も手ごわかった施設と家族と本人の心理面の問題をたとえたことばです。

保護者の抵抗、施設職員の抵抗、そして本人さんの抵抗。

なかなか手ごわい「トライアングル」です。

この話を聞きながら思い出したことがあります。

ずっと前に「西駒郷」の解体プロジェクトに関わった方が、どこよりも先駆けて「施設解体」に取り掛かったこと誇らしげに説明されたことを聞いたことがありますが、それって、それまでの支援が間違っていたということでしょう。

だとしたら、誇らしげに自慢する前に、まず利用者さんに「ごめんなさい」を言わなければならないではなかったのではないでしょうか。

過ちを認めるのって、難しいですね。

「西駒郷」のエピソード

長野県にある知的障害者コロニー「西駒郷」の解体(利用者を地域の戻す事業)でのエピソードを、福岡寿さんと辻哲夫さん(厚生労働省事務次官)から聞きました。

晴れてグループホームに出た方のある寒い冬の日のこと。
真新しい部屋でコタツにあたっているのに震えている利用者。
コタツをのぞくと、スイッチが入っていない。
「どうして、スイッチを入れないの?」
「先生に聞かないと・・・」

施設で長く暮らしているとこうなってしまう例です。
 
同じような経験をかつて次郎おじさんも経験したことがあります。

一泊旅行で旅館の部屋に着いたときのこと。
名物のおまんじゅうが人数分置いてあるので、「お茶にしよう」と誘いました。
すると、利用者さんたちはテーブルの周りに集まってくるものの、誰もお茶を入れようとせず、じっと座って待っているだけ。

そのあと、「温泉に行こう」と誘って脱衣場へ。
ついてきた○さんは、自閉症ではないのですが、タオルも着替えも持たずについてきただけ。

だから、未だに「施設内に「訓練棟」を作って、社会復帰を目指します」と自慢げに吹聴する○○園って、どうなんでしょうね。

「一般ピープル」

浅野教授のことば。

みんながついつい「浅野知事」と言うものだから、浅野さんは「浅野教授」と訂正仕切りでした。
(私も同じ職階ではありますが、恥ずかしくて自分からはなかなか使えません。)

娘との会話で「一般ピープル」というと、「非芸能人」ですが、浅野さんの「一般ピープル」は「非専門家」、つまり「市民」あるいは「地域住民のことです。

「障害者自立支援法」が簡単に成立してしまったことも「一般ピープル」の応援がなかったからですが、これから障害者福祉が発展するためにはどうしても「一般ピープル」の理解が必要です。

障害者は、われわれ支援者を含めても、社会的にはマイナーなわけで、介護福祉のように「やがて自分も・・・」とほとんどの人は思わないわけですから、「一般ピープル」の理解を得ることはとても大変ですが、でもやらなければならない重要事項です。

そのためには教育、つまり若い人たちに障害者福祉をどう教えるかが大事になってくるでしょう。

「固定電話」と「携帯電話」

同じく福岡寿さんのたとえ。

「固定電話」は措置費制度時代の福祉サービス、「携帯電話」は支援費制度以降の福祉サービス。

西播磨(兵庫県南西部)の限定情報ですが、福岡寿さんは、この10日(土)の14時から姫路市で後援されます。

きっとこの話が生で聞けると思いますので、興味のある方はぜひどうぞ。

「隠れキリシタン」

福岡寿さんが、福祉施設でやりたいことがあるけれどそれを出さずに我慢している優秀な職員をたとえた用語。

この人たちが立ち上がれば、日本の障害者福祉は変わるとのご意見。

私もそう思いますし、「水曜倶楽部」はそのための「布教」をしているつもりですが、私の周りには「隠れキリシタン」はあまり見当たりません。

宣教師の出来が悪いからでしょうね、きっと。

とりあえず、忘れないうちに、今回のフォーラムで仕入れたネタの頭出しだけしておきます。

解説は、時間ができたときに、ゆっくりとしたいと思います。

不勉強を痛感!

今回のフォーラムで感じた最大のこと。
それは自分がいかに不勉強であるかということでした。

「障害者自立支援法」は日々、変化しております。

残念ながら、その基礎のところがよくわかっていなかったので、いろんなセッションで説明される最新の情報に全くといって付いていけませんでした。

ただ、大学という仕組みからくる限界のようなものにも気が付きました。

現場にいた頃は、相当さぼっていない限り、というかまじめにしておけばそこそこ最新の情報が向こうからやってくるし、周りは同業者ばかりですので、解説者にも事欠きません。

しかし、大学の研究室は物理的にも孤立していますし、隣の先生は専門が違えば全くの素人同然ですから、中央と直接関係しているか、頻繁に出向けるフィールドを持っていない限り、情報はこないし、解説してももらえません。

次郎おじさんの大学には、障害者福祉の専門家はいませんし、次郎おじさんは社交性がありませんので、一人ぼっちに等しいのです。

大学教員は研究が仕事ですので、こんなことを言っていてはいけないのですが、やっぱり大学教員に向いていないのかと考えてしまう3日間でありました。

アメニティ・ネットワーク・フォーラム

「第1回 アメニティ・ネットワーク・フォーラム」に行ってきました。

昨年までは「アメニティ・フォーラム in しが」という名称で、9回(9年)続いたものが、リニューアルしたものです。

このフォーラムは、琵琶湖畔の「大津プリンスホテル」を借り切って開催されるので、夜は11時まで、朝は8時半からと、ハードで有名で、今回もハードでした。

さらに、今回は「障害者自立支援法」コースと「発達障害」コースの2コースに分かれていて、もう「てんこもり」状態でした。

残念ながら、2つのコースは、途中変更ができないので、散々迷ったあげく、「障害者自立支援法」コースを選んだのですが、終わった今も、どちらがよかったかと悩むほど話題・講師陣は充実しておりました。

いろいろ勉強になったし、いろいろ感じることがあり、すべてを1回で書きつくすことができません。

何回かに分けて報告したいと思います。

プロフィール

次郎おじさん

Author:次郎おじさん
障害者施設で心理屋をしていたのですが、明日の障害者福祉を背負って立つ若い人を育てたいなどと、とんでもないことを夢見て大学の教員に転身して早10数年。
それは妄想だったと気が付いたのですが、もはや手遅れ。
思ったほど成果が上がらず、身の程知らずと反省の毎日です。
さらには、家庭でも何かと家族から疎まれ始め、いまや一人で時間をもてあましております。

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